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第5回 富山向研会 勉強会、懇親会

5月31日 火曜日
昨夜19時31分のサンダーバードに乗り台風2号の大雨の翌日だったため4時間かかり富山に着きました。
今日は台湾セミナーで2年振りにお会いした富山の3人(富山の大前研一セミナー)の幹事さんの会社見学に行きました。始めは、廣貫堂の塩井社長のところで大きな工業でブランドメーカーの受託生産をしていました。3つ目の大きな工場を建てたとこで何十億の建築費は銀行や関連会社から第3者割当をした130年の歴史ある会社でした。3万人の見学者の中で私だけでした。(工場建てたのいくら?機械いくら?機械は何年で償却するの?)(笑)全部回答してくれました。お昼は廣貫堂の薬膳カレーを頂き、漢方系レアチーズもおいしかったです。廣貫堂 → http://www.koukandou.co.jp/
廣貫堂資料館では、薬学部の授業にできそうな薬学の歴史っぽい資料もありました。
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15時からは金剛会館へ移動して
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金剛薬品 → http://www.kongo.co.jp/
名古屋向研会より前ポッカコーポレーションの内藤由治氏のお話を聞きました。ポッカでの8年間の社長経験。2005年8月にMBO実施、連結経営とキャッシュフロー経営を重視して営業利益を2%から4%目指した。絶対心がけるべきものはファミリー企業なら何でもできる。よくなれる。


 
2011-05-31 22:04:55  記事URL

阪神大震災後も「供給責任」貫く  明興産業会長 下土井康晴氏

5月30日 月曜日
27日金曜日の日経産業新聞に、創業当時から大変お世話になった下土井さんの記事がで~んと写真入で出ていたので、10周年呼ぶの忘れたと電話できず、「生きてますか」と電話して、新聞のことを言って、又ご飯しましょうねと連絡しました。KN嬢が万有のネクタイを昔あげたりで、9年前から仲良くさせていただいている方です。神戸で2人でいろいろな会に出ると、みんなに親子とよく言われました。(2人とも背が小さいから)以下、日経の神谷浩司記者の記事のまとめです。
創業者で会長の明興産業の下土井康晴氏は1995年に発生した阪神大震災で、電車や電力設備などに使う電子部品製造の工場や倉庫が被災した時に「廃業も覚悟した」と思ったが、「ピンチはチャンス」と考え、その後、海外事業の拡大や、新規事業へ打って出る。

会社も住まいも甚大な被害で知られるようになった長田区にあった。その時、下土井氏は大学在学中に絶縁体の成型加工を手かける明興化学工業所(現明興産業)を56年に創業し事業が軌道にのっていた創業の翌年のことを思いだした。隣接する肥料工場からのもらい火で工場が全焼してしまい、あきらめかけていた時、取引先の社長からの電話がきた。「頼んだ部品はどうするねん。供給責任を知らんのか」と。予想外に一喝され、企業経営者としての責任を痛感する。
阪神大震災の当日、下土井氏は、社員の無事を確認し、震災から5日後に工場を再開した。これは、「うちの製品がなければ、電車は動かないし電気もつかない」という思いからだった。苦境の中、下土井氏は積極経営をおしすすめた。現在では、中国での売上が、産学連携、医療、健康分野で売上は9億円。掃除ロボットや防犯カメラなどで年3億円を稼ぎ、グループ従業員約400名、年商35億円になった。
社長業は3年前に弟にゆずり、兵庫県の「成長期待企業・グローバルの会」の初代会長に就任した。好きな言葉は「太陽は夜が明けるのを待って昇るのではない。太陽が昇るから夜が明けるのだ。」危機に直面した時こそ、積極的か受け身のままかが問われる。
東日本大震災には、復興に何年かかるか予想もつかない。と胸を痛める。だが、日本が誇る、助け合いの精神を発揮すれば被災地は必ず、よみがえると力をこめて言っている。


 
2011-05-30 15:33:50  記事URL

大阪西区薬剤師会

5月28日 土曜日
今日は中央区(旧東区)の薬剤師会と西区の薬剤師会が重なり、西区は4年ぐらい行ってないので行きましたら、名簿の管理薬剤師が私になっていたので、7年ぐらい行ってないのかしら。(汗)
この区の薬剤師会はご夫婦が薬剤師の方が他区より多く、仲良し夫婦の薬剤師会みたいな感じです。隣の席は武庫川2期生のO先生で(私は15期)でO先生が国友順一先生のクラスのため、京都での順一先生のお食事会のご一緒に行きましたし、彼女は私の事を勝手に「ふーちゃん」と呼ぶので、いつも私の事かわからず。多分、風船のように太っているイメージで言ってるのかな?優しい優しい、13年上の大先輩です。
隣席は去年4月に弊社に入社し、7月に西区に案件が出て、8月に独立したイケメン薬剤師でした。「美人の奥様を受付にし、えらそうな投薬はやめて、ペコペコするのよ」と言った私の教えを守り、大繁盛しているみたいで安心しました。あのまま独立すると患者が減り、奥様にも去られたらと心配してましたが、元気で2件目もチャレンジしつつあるが、やめたようでした。今は、冗談でしょうが、ひざまずいて服薬指導してると言ってました。(笑)
又、独立したら「成功したのは社長(と嫁)のおかげです」と頭を下げれるようになり、人間的にも成長したので良かったです。
その後、真前の席の大人しい薬剤師さん(2店の社長)が私に「感謝している」というので理由をきくと、10月に先輩が亡くなり赤字薬局だったので、だれも買ってくれず、「薬局は潰すが、在庫の800万円だけでも買ってくれないか?」と息子さんに頼まれ、いろいろあたったが、助けれなかった。薬局売買com(弊社のサイトhttp://www.8910shop.com/)を見て、電話かけると即日買ってくれた。(譲渡金も言われるままに買いました)(もちろん800万円在庫も)なので、翌日には遺族3人が弊社に御礼にきて大喜びして帰りました。その買い取った赤字薬局はトントンぐらいに、新しい管理薬剤師が頑張ってくれています。が、実は来年にはドクターが隣にオープンしそうです。人助けをするといいことがあります。でも、薬剤師会に100万円も、払った事は正しかったのか、今も不思議な気がします。この薬局の買取にはあまりの在庫の多さに本部O嬢は真夜中の2時半まで薬を数えてくれてました。(涙)(むごい)
この薬剤師さんは病気をして、2年間入院し、苦労もされているのをきいて、隣の独立したての薬剤師さんも自分は血圧高いからと心配してたので、あれもこれもたくさん仕事かかえると、血圧高くなって過労で倒れるから、気をつけること と独立したお店は地震で潰れたらダメなので、「ヘルメットを調剤室に置いときなさいと。」伝えました。(東京にはヘルメット希望されて送りました)


 
2011-05-28 22:23:13  記事URL
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